キャンパスをざわつかせるイベントが、大学の活気と学生の成長をもたらす。 学生室室長 伊藤 雅士
「学生室」の業務は一言で言えば、学生の生活全般をサポートすること。例えば、学生の多くが所属したり参加したりするクラブや学生行事の指導・支援。また、経済的な問題や心身の健康について不安を抱える学生の相談に乗り、適切な対応を行うことなど。
学生が大学生活を送るうえで欠かすことのできないのが「学生室」の存在である。
学生の成長を見守りながら、成長したのは伊藤室長自身だった。
そのリーダーである伊藤 雅士室長が、学生をサポートしていくうえで、最も大切にしていることは、「まず、学生たちの話に耳を傾けること」。
学生の中には、自らの思いを論理的に説明することが苦手な学生もおり、せっかく相談のために足を運んだのに、学生室の職員を前にして、うまく言葉にできないこともある。
そんなとき、伊藤室長は、あえて無理強いをせず、またあれこれこちらから質問することもしない。学生が自分の心の中を整理して、思いが言葉として自然と発せられるまでじっと「待つ」。そのために話しやすい雰囲気や環境をつくることを大切にしている。自分の思いを言葉にすることができたなら、それは学生にとって問題解決に向けた一歩前進であると伊藤室長は考えている。面倒くさがらずに親身になって接することで、壁を乗り越えることができる学生がいる。たくさんの学生と接することでそう理解できるようになった。
かつてこんなことがあった。伊藤室長は、新卒で大同大学に着任し学生室の配属になった。学生たちとあまり年も変わらない頃のことだ。その頃、ちょうど大学内が禁煙になり、そのことを「今日から学内は禁煙になります」とガイダンスで学生たちに説明した。その直後に、教室を出た廊下で、たばこを吸っている学生を見つけたのだ。カチンときた。カチンときたその勢いのまま、その場で学生を強く叱責した。
今、その時のことを思い起こすと冷や汗が出る。
学生にしてみれば、悪いと思う気持ちもあっただろう。そこへ上から強く言われたのでは、心を閉ざしてしまうこともある。相手の気持ちや状況を考えることなく、こちらの思いだけでぶつかってしまった。
まず、深呼吸して、自分の感情をコントロールして、それから落ち着いて話をする。
なぜ、そうできなかったのか? 幸い、大ごとにならずに済んだが、その時の思いが今も教訓として生きている。
大同大学に着任して学生室に4年、その後就職指導室(現・キャリア支援室)に4年、そして入試・広報室と、さまざまな部署を経験し、今こうして再び学生室に戻った。学生の成長を見守るのが自分の仕事だと思っていたが、学生・企業、受験生とさまざまな人と接する中で、学生と共に自分自身も成長してきたのだということを、今感じている。
「できない」と拒否するのではなく、できることを学生と一緒に探していく。
大同大学には、およそ3,500人の学生がいる。毎日のようにさまざまな問題を抱えた学生が学生室の窓口に相談に来る。その一人ひとりの学生が固有の問題を抱えている。人によって、その問題の重さは異なる。時にはこちらが、「こんなことで?」と思うことで悩む学生もいる。
伊藤室長は、その悩みを3,500分の1として扱うことがないよう心掛けている。学生にとっては、あくまでも1分の1なのだから。勇気を振り絞り、ようやく窓口に来て悩みを打ち明けてくれたにもかかわらず、職員が3,500分の1の軽い対応をしていたら、その学生はもう二度と窓口に来てくれないかもしれない。こちらの色で接してしまうのではなく、あくまでも学生一人ひとりの色に合わせた対応をしていきたいと思う。
だからこそ、相談・提案、無理難題を持ちかけてくる学生たちに、いきなり「NO」とは言わないことをポリシーとしている。
できない、と言うのではなく、できることを一緒に探していくというスタンスだ。
「『できない』と言うことは簡単なんです。でも5個できないことがあっても、1個できることがあれば、学生たちの思いは変わってくるはずだと思います」。
大同大学の学生と20年以上も向き合い続けてきた伊藤室長の言葉は重い。
学生生活の楽しさをもっともっと掘り起こして伝えたい。
学生時代の伊藤室長は、アメリカンフットボールに明け暮れる毎日だった。ほぼアメリカンフットボール一色だった。そのことにもちろん後悔はない。そこから得られたことも数え切れないほど多い。ところが、そんな練習漬けでずっとグラウンドと寮との往復だった毎日が、4年生の11月の引退を機にパタッと終わった。その時、初めて部活から離れて普通の学生としてキャンパスの中を歩いた。すると、普段は目に留まらなかったいろいろなことが留まった。
学生掲示板には、いろいろなサークルなどの募集や案内が張り出されている。そんな中に、レクリエーションクラブの「スノーボードに行きませんか? 」という張り紙があった。当時、時間を持て余していた伊藤室長は、なんとなく、寮のメンバーを誘って参加してみた。そうしたら、その楽しいこと。また、主催するレクリエーションクラブの学生が本当に楽しそうに輝いて見え、「ああ、こういう学生生活もあるんだなぁ」と思い感動した。
伊藤室長が学生室にこだわり続けるのは、今もその時の思いが鮮烈だからかもしれない。クラブ活動に打ち込んだことは、自分の青春時代に濃密な1ページを残した。100人以上の部員の中から這い上がる厳しい練習を通じて、積極性を身につけることもできた。
でも、それだけが学生生活の正解ではない。いろいろな青春の形があればいいと思う。ただ、アルバイトと自宅と大学を無気力にぐるぐる回っているだけで学生生活を過ごしている学生がいるとしたら、それはちょっと寂しい。大学4年間にあるべき出会いや発見のチャンスを、学生時代にしかできない経験や感動を、多くの大同生にも味わってほしいと思っている。
キャンパスがざわつくイベントに、学生たちを巻き込む。
学内にちょっと変わったデザインの自動販売機があることにお気づきだろうか。学生からデザインを募集して、応募作品の中から厳選されたものが、実際の自動販売機に採用されている。いわば、大同オリジナルの自動販売機だ。自動販売機のデザインなどは、業者に頼んだほうが早いし、より見栄えのいいものができるかもしれない。しかし、伊藤室長はあえて、学生たちの主体性にこだわる。学生デザインの自動販売機が学内に次々と設置されると、学生たちは口々に、「あれはいい」「これはもう少しこうしたほうがいい」と言い合う。キャンパスが少しだけざわつく。次は学生ホールのリニューアルをかけてデザインコンペを仕掛けようと思っている。保護者で構成される「後援会」に援助してもらうため、後援会役員の前で学生自らがプレゼンテーションをしなければならない。授業とはまた異なる緊張感があり、これも学生にとっては成長するいい機会である。
このコンペに参加しようともくろむ学生たちの周辺は早くも騒がしい。もちろん、こういったコンペに参加する学生や、独自のイベントを仕掛けようとする積極的な学生ばかりではない。大学のイベントに全く関心を示さない学生もいる。しかし、積極的な学生がそれぞれの立場で少しずつ大学のことを考え、大学がちょっとでも楽しくなるように行動することで、いつしかそれが大きなうねりとなり、これまで関心のなかった学生を巻き込んで、大学が変わっていくと伊藤室長は信じている。そして学生は、挑戦して、時には失敗して、それでもちょっとずつ前に進んでいることを実感するはずだ。
伊藤室長はこれからも学生に寄り添い、学生が楽しみ、成長することができるイベントを仕掛けていく。そのイベントがキャンパスをざわつかせ、そこで輝く学生がもたらす活気と感動が、次の学生を輝かせていくことを信じて。