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#14

デザインの目的は、人を感動させること。感動で人の心と生活をもっと豊かにしたい。 情報学部 情報デザイン学科 原田 昌明 デザインの目的は、人を感動させること。感動で人の心と生活をもっと豊かにしたい。 情報学部 情報デザイン学科 原田 昌明

現代、デザイン表現の手段は、手書きの絵から最新のデジタル技術を用いたモーショングラフィックスまでさまざまだ。情報デザイン学科で主にデジタルコンテンツ制作について研究している原田昌明先生は、こどもの頃から絵を描くこと好きだった。絵を描くことが好きだという理由で芸術大学の油画専攻へ進学したが、入学してみて初めてわかったことがあった。自分の周りのみんなは「やりたいこと」があって、ここへ来ている。入学してから何をしようかな、と考える人はほとんどいなかった。

周りの仲間の「やりたいこと」は、実に多様だった。油絵を専攻しているのに油絵を描かないで映画ばかり見ている者、パネルにたくさん穴を開けて疑似餌を刺した立体的な造形物を作っている者、入学以来「ろうそく」だけをひたすら作り続けている者など。単純に「絵を描くのが好き」という理由で芸術大学に進学した原田先生にとって、「やりたいこと」を明確に持つ仲間に囲まれた環境は刺激的だった。

人からの「良い・悪い」という評価を待つのではなく、自分が何を大切に考えて一生懸命作っているのか、他人に「この人、何をやってんだ」と思われようが、それでも揺るがない信念に基づいて、努力を続ける。そんな仲間に囲まれて過ごした時間は、先生にとって貴重な経験となった。

惰性で作り続けるのではなく、なぜ作るのか、何を作るのか。

原田先生

そんな仲間たちの姿を目の当たりにして、原田先生は、果たしてこのまま油絵を描き続けるだけでいいのだろうか、と悩み始めることになる。そして、さまざまな表現方法、立体や映像、写真などにも挑戦してみたが、悶々とした気持ちが晴れることはなかった。

作品づくりに携わる熱意や思いが不完全燃焼のまま1年が経過し、2年生に進級したある時、1人の先生が原田先生の作品づくりを見ながら言った。「そろそろ、やりますか」。めったに口を開かない寡黙な先生だったが、その先生には、自分の抱えている悩みや弱みを全て見透かされているような気がした。その先生は、作品の講評でも言葉数は少なかったが、その的確な指摘はいつも納得できる内容だった。

「今のままじゃだめ。だけど、もう少し本気で自分と向き合えば、きっと見えてくるものがあるよ」、今思うとその先生は、自分にそう伝えてくれていたのではないかと思う。しかし、前向きになれるきっかけを与えてくれたその先生は原田先生が4年生に進級するタイミングで退官され、その先生のゼミに入りたいと思っていた原田先生は再び迷うことになった。
結局、本当に「やりたいこと」が見つからないまま学部を卒業し、そのまま油画で大学院への進学をめざしたものの、合格には至らなかった。

原田先生は、当時のことをこう振り返る。
「明確な目的もなく、惰性で油絵を描いていたような気がします。大学院に落ちたことをきっかけに、ようやく自分が本当に何をしたいのかを、真剣に考えるようになりました」。
そして、自らコンピュータを購入して独学で映像の勉強を始めたことがきっかけで、もっと映像について学びたいと思うようになった。今度は明確な目的を持って、大学卒業から1年後に、映像を学ぶために大学院へ進学した。

「目的」を持つことこそが、学生たちの前へ進む原動力。

大学院修了後、自分の作りたいものを追求していきたいとフリーランスとして映像制作に携わっていた頃、大同大学との縁があり、教員になった。
原田先生は、自分の経験から「自分が何をしたいかという思いに向き合い続けること」の大切さを学生に伝えている。

原田先生

作品制作には「目的」と「手段」がある。「手段」とは、ソフトや機材の使い方、どんな方法を用いるかで、これは学んだ分だけ上達が自覚できる。また、評価もしやすい。一方で「目的」は、教えてもらって上達するものとは異なる。研究論文や卒業研究となれば、なぜ、何のためにこの研究に取り組むのか、という「目的」をしっかりと考えなくてはならない。多くの学生が「目的」よりも先に「手段」に目がいってしまう。しかし、「手段」とは「目的」を達成するための方法であることに気づいてほしい。「目的」が明確になっていることこそが、その「目的」を達成するためにより多くの、より高度な「手段」を学ぶ原動力になる。

単に手段だけを身に付けるのであれば、大学でなくてもよい。大学で学ぶことの意義は、明確な目的を持ち、その達成に見合った手段を身に付け、目的を達成していく過程にある。

目的に迷う学生に対して原田先生は「まずは自分に向き合い、自分がどういう考えを持っているのかを知ることから始めてみよう」と話す。「自分は何が好きで何が嫌いか、何が正しいと思い何が間違いだと思うか、自分のこともわからない中でいきなり目的を考えようとしても難しいでしょう。かつての自分もそうでしたから。自分が感じたこと、心動かされたことを素直に客観視することで、何をどうしたいか、徐々にわかってくるのではないでしょうか。そうして自分のことを理解することで、おのずと目的が得られると考えています」。だから原田先生は、普段から時間の許す限り学生を連れ出し、さまざまな作品に触れ、考える機会を提供している。

「デザインする側」の人間として、見る人に感動を与えたい。

日々学生と向き合いながらも先生が今も作品を作り続ける目的は、学生をはじめ人々と「感動体験を共有したい」からだ。
デザインは人を感動させることができると、先生は信じている。

中学生の時、学校からの帰り道、小高い丘を越えて行く途中に見る夕暮れが、しばらく立ち止まって眺めてしまうほど美しくて感動した。あの時の感動と同じような気持ちを、自分の作る作品を通して誰かに伝えることができないだろうか。

原田先生

たとえ大きな感動ではなくても、自分の作品を見て「きれいだなあ」とか「楽しいなあ」とか、あるいは「なぜか共感できるところがあるなあ」とか。自分が明確な目的を持ってデザインした作品で、見る人に感動を与え、見る人の心と生活を豊かにしたい。人々の心が豊かになれば、もしかしたら無駄な諍いをなくすことができるかもしれない。あるいは人と人とを結びつけるきっかけとなるかもしれない。

原田先生は、自分が今も目的を持って作品を作り続ける姿を見せること、また、作品で見る人を感動させることで、学生にそのすばらしさを知ってほしいと考えている。

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