ロシアの宇宙ステーション「ミール」は、ドッキングしたロケットの逆噴射によって大気圏に突入して、その寿命を終えようとしている。
告白しよう。私がミールに搭乗するかも知れなかったことを。
旧ソ連が崩壊する直前の1990年、私は日本の宇宙実験学会の会長としてソ連科学アカデミー宇宙研究所を訪れていた。その当時のモスクワはひどい経済状態にあり、ホテルでは食材不足のため満足な食事もとれなかった。
夜幹部の家に招かれた。目を見張るばかりの豪勢な食卓であった。あるところにはあると感心した。ウオッカの酔いが回って、ミールに搭乗して自分で実験がしたいと希望を素直に話した。ホテルへ帰還したころには酔いはすっかり醒め、私の宇宙飛行士の話もアルコールとともに「さいなら」であった。
数か月後、モスクワからFAXがきた。「共同宇宙実験を行いたい。ミールでの実施者として貴殿を推薦したい。少し条件があるから打ち合わせのためにモスクワに来てくれ」
ワクワクしたが心配であった。スパイにされるかも知れない。電話をかけてみた。どうも、研究所で必要とする機材を日本で購入して、訪問の度に持参して欲しいと言っているらしいことが分かった。
当時私は国立大学の教官、れっきとした国家公務員であった。そんな危ないことはできる訳はない。しかし、要求している機材はそれほど高価なものではなく、条件次第ではスポンサーは見つけられると思った。
正直、しばらく私の心は揺れたが、泣く泣く断った。翌年ソ連は崩壊した。私との交渉役の幹部はアメリカに亡命した。
私のミールよ、永遠にさようなら。
トップページへ | 前のものがたりを読む | 次のものがたりを読む
|