1. はじめに

大学教員になって3年になるが、私には企業で研究開発に携わった30年が染みついている。その私が学生の卒業研究の発表を聞いて、いつも同じようなことをやかましく指導している。それは話す時の、最後の述語の選び方である。

3年次になるとたいてい専門の学生実験がある。ここでは結果を簡潔にまとめ、客観的な考察を加えれば合格がもらえる。ところが、研究発表ではそうは行かないと思うのである。異論あまたを覚悟して述べさせて頂くと、発表には研究者の「思い」がこもっていなければならない。以下は企業で叩き込まれたものだから学生諸君に強要するものではないが、「ゆっくり・はっきりしゃべる」以上に聞き手に言いたいことが伝わる術だと自負しているので、拙文にお付き合い願えれば幸いである。

2. ねらいと目的

研究開発には、どんな小さな課題であれ「ねらい」がある。わざわざかっこでくくったのは、ねらいと目的を区別するためである。材料やプロセスを開発しようとする論文の緒言をじっくり読んで欲しい。背景があって、従来の研究とその課題があって、本研究の目的がある。この背景と課題のどこかに、「ねらい」がひそんでいることが多く、それは次に述べる目的を達したら、何が可能になるのかを指す。例えば、現象が可視化できればB量の測定が可能になる、B量を抑制できればC特性が向上する可能性がある、C特性が向上すればD成分を代替できるかも知れないといった具合である。

開発系のテーマは終始この繰り返しであって、いまどのフェーズにいるのかをはっきり伝えなければ報告にならない。「たら・れば」は仮定の意で学術論文には相応しくない、というご意見もあろう。その通り、客観的であらねばならない文章で多用してはいけない。しかし口頭発表では、まず「ねらい」を聴衆に伝えることが出発点だと思っている。
発表の初めにねらいが伝わると何がうれしいか。それは聴衆がその道の専門家であるほどご利益が出てくる。つまり、類似の研究開発を経験してきたベテランは、ねらいが分かれば本研究でどこにたどり着こうとしているのか推測がつくのである。したがって、次に話者が言う「目的」がそのねらいに近づくものかどうか、達せられたら第一歩なのか大きな進歩なのかもおよそ理解してもらえる。これは、その後の話し方が拙くても、図をきれいに描いておけばおのずと伝わる状態であって、発表の半分は成功したようなものである。

3. 述語の選び方

さて本記事の本題は、発表を控えた学生へのアドバイスである。ねらいと目的をうまく理解してもらえたら、聞いている人は「あなたは何をしたいのか」を分かっている。そうすると、結果がどちら(増加か減少)に変化すればハッピーなのかも予想がついている。発表する時には、この「したいこと」をずっと頭に留めていて欲しい。先の例で説明しよう。
 B量を抑制できればC特性が向上する。だからねらいはC特性で、目的はB量の抑制である。ある考えで条件@を変えて実験した結果、首尾よくB量が減少したとしよう。あなたの考えが当たっていた。話が前後するが、「考え」はコンセプトであり目的とともに、実験方法より前に述べておかねばならない。ともかく、良い結果にコンセプトの実証という箔がついた。あなたはこの結果を話すとき、客観的に、冷静に「B量が減少しました」と言うのだろうか。
 良い結果にC特性を向上させたいという思いがこもっていれば、「B量を抑制することができました」と言おう。「減少した」は正しい学術用語であり、悪いところは何もない。ただ「抑制できた」と言い換えると、「したいこと」が何だったか、初めに聞いたねらいが蘇って感慨深く伝わってくる。

では条件Aを変えたけどB量が全く変化しなかった場合はどうするか。ねらった結果が得られず、コンセプトが崩れた。初めての発表で練習をしてもらうと、このような場合に「〜してしまった」などの言葉が出てきて、失敗談のように聞こえる。そんな時は、時間切れで検証する時間はなかったけど、「条件Aではなく条件@を制御する必要性が示唆された」と言うのである。話術に過ぎないが、少しでもあなたが向かっている方向、目指すところが伝わる。今後の進め方について会場からコメントもしやすい。研究では良い結果が出なくても無駄ではない。コンセプトを立て直す、違った視点で考え直すという、次の段階に行ける結果なのだから。

4. 図表にも工夫を

前述の通り、ねらいが伝われば結果がどちらに変化すれば良いのか、鋭い聴衆は予め考えている。図表を見た瞬間にグラフが右上がりか、結晶粒が微細しているか、分布が変化したかどうか、説明がなされる前に目を走らす。と言うことは、赤く塗ったり大きいフォントにしたり比較対象を明確にしたりして、言いたいことが一目で分かるように作成してあれば図表の説明は最低限で済む。そして、言いたいことに熱が入れば、述語を選び、話し方に強弱がつき、またポインタでどこを指してどう動かすか、おのずと演じることができるはずである。

5. おわりに

最初から学会発表に慣れている学生はいないだろうし、何度やっても緊張するだろう。前節で「減少した」と「抑制できた」では、主語が変わっていることに気が付いただろうか。論文では普通、事象を客観的に書くから、モノが主語で述語は受動態が多い。しかし口頭発表はあなたが主役である。発表は最初が肝心。考えをしっかり伝え、思いを込めて述語を選び、聴衆の反応を感じ取れるようになって欲しい。