伊勢湾台風を教訓に名古屋港に造った防潮壁より海側に、名古屋市営住宅がこの十数年で複数棟建てられ、今後高潮が襲った場合の対策を迫られている。新しい浸水想定を参考に、上層階の空室の鍵を低層階の住人にあらかじめ渡して避難先とすることなどを考え、住宅の自治会と市側が近く話し合いをする。住宅の立地に法令上の問題はないが、都市環境の専門家からは「都市計画と建築の考え方がバラバラだ」と疑問視する声もある。(柿崎隆)
59年9月26日の伊勢湾台風では、4メートル近い高潮が名古屋港から市街地を襲い、大きな被害が出た。その後数年かけ、名古屋港の入り口に高潮防波堤(全長7・6キロ)、内陸部に防潮壁(同26・4キロ)を整備した。防波堤で高潮の勢いを弱め、防潮壁を「最終防衛ライン」として、2段階で高潮被害を防ぐ考えだ。
港内の建築物については「名古屋市臨海部防災区域建築条例」で規制。防潮壁の海側を「直接高潮の危険の恐れのある区域」に定め、海岸線近くの住宅建築を原則禁止し、例外として、1階居室の床の高さを海面から5・5メートル以上にすることを求めた。
問題の市営住宅は港区内にあり、93年と99年にできた。東西に走る防潮壁の海側にある。両側を海に挟まれていて、住宅の数十メートル東側に海面が広がっている。市住宅部は建設当時の状況について「防潮壁内側にあった大規模な市営住宅が、老朽化などで建て替えが必要になり、居住者の移転先として造られた」としている。床の高さを規制する条例はクリアしており、「今も問題はないと考えている」という。
名古屋港運営にかかわる他の機関からも、防災上の観点で疑問視する声は出ていない。名古屋港管理組合も「当該土地は組合の管理下にない」と話す。
それでも、今になって高潮対策に乗り出さざるを得なくなったのは、国土交通省が最近になって大型台風の際の浸水予測をした中で、この住宅のある地域が、市内でも最も早く浸水するとの想定結果を出したためだ。地域の指定避難所であるスポーツセンターまでは数百メートルあり、避難できなくなる可能性が高い。
市営住宅の契約の際、これまで特に高潮の被害の可能性を説明してこなかった。しかし、市は今月末、自治会を通じて「大型の台風が来れば浸水する可能性がある」と説明する予定で、低層階の住人に対しては、「通常は管理人室にある上層階の空室の鍵を、自治会長か低層階の住民に渡して、必要なときに使ってもらう」「住宅の中層階に集会室があり、災害のときには使えることを強調する」ことなどを考えているという。
防潮壁の海側にはこれらの市営住宅のほか、財団法人が持つ集合住宅と、民間企業の寮がある。いずれも伊勢湾台風の後間もない時期に施設を造り、建て替えた住宅もある。国交省の浸水予測はまだ把握していないといい、建物管理の担当者は「具体的な対策は立てていない」と話しているが、今後検討する必要もありそうだ。
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