解説記事
圧電素子のセルフセンシング・
アクチュエーションとその応用
大嶋和彦 大同工業大学 工学部
Key Words
: Self-sensing Actuator, Piezoelectric, CollocatedControl, Smart Materials, Bridge Circuit
1.はじめに
ピエゾセラミクスやピエゾフィルムなどに代表される圧電素子は,ひずみ(変形)を与えると電圧を発生するという圧電効果と,逆に電圧を加えるとひずみを生ずるという逆圧電効果を併せ持っており,これらの効果を利用してセンサやアクチュエータとして広く利用されている
1).ところで近年,材料科学の分野では材料・構造物にインテリジェンスを付与し,外力や環境に適応させる研究,すなわちスマート材料・構造物の研究が盛んである
2),3).これは構造物自体にセンサもしくはアクチュエータを組込み,構造物自体にいわば神経/筋肉の機能を持たせて制御を行うという試みである.圧電素子はその中心的な役割を担う素材であり,その広い動作帯域,高い電気/機械エネルギ変換率,機械的構造の単純さ,形状加工が容易であるなどの優れた制御特性を利用して,振動抑制をはじめとする柔軟構造物のアクティブ制御に大きく貢献している
4),5).このような状況の下で,近年一片の圧電素子で圧電効果と逆圧電効果を同時に利用することにより,ひずみ(変形)のセンシングとアクチュエーションを同時に行おうとする『セルフセンシング・アクチュエーション』(以降
SSAと略記する)という概念が提起された
6).これは実用的には圧電素子が制御システムにおいてアクチュエータとして用いられる場面において,素子の変形に起因する圧電効果を積極的に利用することにより,外部センサを用いずにアクチュエータ単体でセンシング(素子のひずみの検出)も同時に行おうとするものである.
SSAのメリットはセンシングとアクチュエーションがまさに同一個体で行われることであり,
A1.
センサとアクチュエータの完全な共配置が可能.このため,これらを個別に用いる一般的な非共配置系に比べて,閉ループ系の安定性に対して本質的に優れており,フィードバック制御系が簡便に構成できる.これはセンサとアクチュエータとの間に動特性が存在しやすい柔軟構造物の能動的振動抑制に特に有効であると考えられる.さらに付随的なメリットとして,
A2.
外部センサが不要のため,制御系の小型・軽量化,低廉化が実現できる.
SSAは素子の変形の情報を電圧の形で提供するため,制御に伴う信号処理の量やそれに必要な装置は外部センサを用いる場合に比べて格段に少なくて済む.これは特にマイクロ規模のアクチュエータの位置や力の検出に好
適であり,メカトロニクス機器のマイクロ化を容易にするという点で重要な意義を持つ.
A3.
センサとしての寿命がアクチュエータとしての機能が損傷されない限り保証される.
このため,外部センサ異常による制御システムの突発的な不安定化も起こり得ず,システムの保守・点検といったメンテナンスの省力化が期待できる.
以上のように,SSAは圧電素子が本来具備する特長に上述の制御性・経済性などの優れた性質が付加されたさらに高機能なデバイスとなるものと考えられる.
しかしながらその反面,圧電素子の物性に起因する実用上の問題点もあり,その実現は必ずしも容易ではない.
そこで本稿では,まずSSAの原理および問題点について説明を加え,次いでその問題点の解決法について,材料力学的な発想(ハードウェア)および制御工学的な発想(ソフトウェア)の両面から,現在までのアプローチを解説する.さらに,SSAの適用例についてエポックとなる関連研究を紹介し,最後に,次世代スマート材料・構造物としての期待が持てるSSAの実用化への課題と展望を述べて本稿を結ぶ.
2.SSAの原理と問題点
2.1 片持ちはり
第1図は,幅
b,長さL,厚さtbのはりの両面に全長にわたって厚さtpの薄板状の圧電素子を接着し,たわみは板厚方向(
y軸)にのみ生じるものとしてy(x,t)で表し,その空間微分をy'と表記する.はりの振動は単純はり理論を用いて変数分離およびモード展開した形で表すことができる.
ただし,は振動の
2.2 圧電素子の電気的等価モデル
圧電素子の電気的等価モデルは,電気的共振周波数未
満の低周波領域においては第2図の破線中に示すように,ひずみによる電圧源
vpとキャパシタCpを直列結合したものと近似できる.これらは圧電素子の圧電効果および誘電体としての性質をそれぞれ表している.vpは素子のひずみに比例するため,素子の両端子電圧を測定することにより素子の変形を知ることができる.すなわちセンサとして利用できる.第1図のはりの場合,はりのたわみによって発生する電圧vp(t)は,はりのひずみ,すなわち先端のたわみ角y'(L,t)に比例し,これをセンサ方程式と呼ぶ.
:センサ定数
ここで,
Epおよびd31はそれぞれ圧電体のヤング率および圧電定数を表す.一方,圧電素子をアクチュエータとして用いる場合には素子に電圧
vaを印加することになる.これによりはりはその全長にわたってva(t)に応じた一様な分布曲げモーメントM(t)を圧電素子から受け,はりがたわむ.このとき,これらの間には一般にヒステリシスが存在するが,低電圧で駆動する場合には次式のような比例関係が成立し,これをアクチュエータ方程式と呼ぶ.
:アクチュエータ定数
なお,圧電素子が外力を受けながらアクチュエータとして機能する場合,ひずみ電圧
vpは外力による素子の変形に起因する成分と,印加電圧vaによる素子の変形に起因する成分の和となる.2.3 SSAの原理
第2図のように,印加電圧
vaがかかった状態でvpのみを抽出することは不可能であり,圧電素子単体ではSSAを実現することはできない.SSAの要となるのが第3図に示すブリッジ回路(CCブリッジ回路)であり,これにより圧電素子の自己検出ひずみを抽出する.これは圧電素子をその一要素として含むもので,
C1(参照キャパシタ)およびC2(ゲインキャパシタ)はいずれも一般的な電子部品である.ここで電圧
v1,v2はそれぞれ,
となり,センサ電圧
vsを
のように
vcの影響を取り除き,素子のひずみに比例する信号vpのみをゲインK2がかかった分圧の形で取り出すことができる.なお,この回路では制御電圧vcが圧電素子に直接印加されるわけではなく,紙面の都合上詳細は略するが,キャパシタ
C2の代わりに抵抗を用いた場合(RCブリッジ回路)には微分回路(1次のハイパスフィルタ)が構成されるため,その時定数に対応する周波数未満の帯域においては,センサ電圧vsとしてひずみ速度に比例した信号が抽出できることになる.実機においてキャパシタ
C1,C2としては,安定性や精度を考慮してポリプロピレン系やポロスチレン系のものを用いることが多い.また,圧電素子の漏れ電流によるDCドリフトを防ぐためにC2に並列に抵抗を挿入することがある.2.4 SSA制御系の構成
以上をまとめると,SSA制御系全体は第4図のように表される.コントローラから見た制御対象は片持ちはり(アクチュエータ方程式+はりの運動方程式+センサ方程式)+ブリッジ回路であり
,このブリッジ回路によってセンサ方程式(3)式とアクチュエータ方程式(5)式が単一の圧電素子に集約されることになる.なお,コントローラ設計の際には,アクチュエータ方程式は制御対象の運動方程式に,センサ方程式はブリッジ回路の伝達関数にそれぞれ組込んで考えることが多い.また,センサ信号のコントローラへの供給にあたっては,ブリッジ回路の後段に,ボルテージ・フォロワなどの高入力インピーダンス素子を挿入するなどしてブリッジ回路のアイソレーションを図ることが好ましい.コントローラとしては,RCブリッジ回路で速度信号を,CCブリッジ回路で位置信号が抽出できるため,制御目的に応じてブリッジ回路を使い分けることにより,速度フィードバックやポジティブ位置フィードバック
7)をはじめとして種々の制御アルゴリズムが適用できる.2.5 SSA実現における問題点
先に述べたように制御的・経済的側面から非常に優れ
た可能性を持つSSAではあるが,その実現に対しては圧電素子の物性に起因して以下の3種類の問題点が存在する
8).P1.
ブリッジ回路のバランスを正確に保つことが極めて困難である.
P2.
駆動電圧に対してセンサ電圧の割合が小さい.P3.
駆動電圧と素子の変位との間にヒステリシスが存在する.
P2は圧電定数に関係しており,圧電素子の種類にもよるが10%以下の場合がほとんどである.したがって,振動制御など制御対象が共振状態にある場合には比較的大きなセンサ電圧が入手できるが,準静的な位置制御ではSN比が劣化する.
また
P3に関しては,圧電アクチュエータの変位量は圧電定数と印加電圧との積に比例するため,アクチュエータ材料としては圧電定数の大きな材料,例えば圧電セラミクス,を用いることが望ましい.しかしながら,圧電定数の大きな材料はヒステリシスも大きい.そこで,材料特性の非線型性を駆動方法などの工夫でカバーすることが必要である.SSAの実現を阻む一番大きな要因が
P1である.これは,素子の電気的等価キャパシタンスの値を正確に知ることが困難である.とも換言できるが,SSA関連研究では,圧電素子の等価キャパシタンスが既知であるとして議論を展開し,その値がノミナル値と異なった場合を想定していないものも散見される.このような場合,シミュレーションでは良好な結果が得られても,実機試験では共配置制御の優れた特性を十分に発揮した望ましい結果はあまり期待できないものと考えられる.
圧電体は厳密には純粋なキャパシタではなく,その機械的エネルギ消費に対応する
lossyな抵抗成分も存在する.圧電素子をアクチュエータとして用いる場合には,この成分を無視しても支障はないが,SSAとして用いる場合には,ブリッジ回路の制御入力からセンサ出力までの伝達関数に大きな影響を及ぼすためこの点を考慮する必要がある.程ら
9)は,この抵抗成分Rがブリッジ回路の伝達関数に及ぼす影響を解析している.参照キャパシタC1をードバックしてしまうと,制御性能の劣化や系の不安定化を招くことになる.
また
Andersonら8)は,ブリッジ回路単体ではなく,圧電体を実在の構造物に結合させたSSAシステムの解析モデルを作成し,これに基づいてブリッジバランスがオフノミナルの場合の制御性能の劣化について調査している.すなわち,パーツの初期ミスマッチや時間・温度の変化に伴う特性の変化など,日常的に起こり得る要因によってもたらされる参照キャパシタンス
C1とピエゾキャパシタンスCpとの誤差が制御対象の開ループ零点のゲインや周波数を大きく変化させ,その結果閉ループ系の制御性能を大きく劣化あるいは不安定化させることを指摘している.そこで,次章では上述の問題点の解決にあたって,片持ちはりを主たる制御対象としてこれまでに試みられてきた種々のアプローチを各問題ごとに紹介する.
3.問題点解決の方策
3.1 ブリッジバランスの確保
3.1.1 ハードウェア的アプローチ
SSAの実現において参照キャパシタとピエゾキャパ
シタとのマッチングが重要な役割を演じることをを指摘した
Andersonらは,同論文の中で参照キャパシタをlosslessな通常のキャパシタで代用することには根本的に無理があると結論づけ,これを補償するために参照キャパシタとして圧電アクチュエータと同一の圧電体を,変形を防ぐためにクランプした状態で用いることを提案した.この手法は
Spanglerら10)やJonesら11)も採用しているが,応力・ひずみ計測におけるひずみゲージに対するダミーゲージと全く同じ発想であり,これにより圧電体自体がもつ非線型特性の影響が軽減されるため,結果的にセンサ電圧のS/N比が向上し,速度フィードバックなどによる制振制御に寄与することになる.しかしながら,この手法は1枚のアクチュエータを駆動するために,結果的に2枚の圧電体を用いることになり,ブリッジ回路に供給される電気エネルギのうち一部は無駄となる.この点に着目した西垣ら
12)は,厚さの異なる2枚の圧電フィルムを圧電体側およびダミー側としてブリッジ回路に組込み,両者にSSAの機能を持たせる手法を提案している.これは薄板状の圧電体のキャパシタンスが,その面積に比例し厚さに反比例するのに対して,センサ定数が面
積と厚さの両方に比例することに着目したもので,厚さの異なる2枚の長方形状圧電フィルムをキャパシタンスが等しくなるように面積を調整し,これを片持ちはりに揃えて貼付した.この処理により圧電フィルム1と2のキャパシタンス
Cp1とCp2は等しくなり,参照キャパシタとしての条件を相互に満足する一方,2枚の圧電フィルムに発生するひずみ電圧vp1とvp2が異なるため,これらの差としてセンサ電圧が得られることになる.この手法は回路に供給する電気エネルギを最大限制御力に変換し,外部に用意する回路もシンプル化することによって,系のスマート化を試みたものだが,結果的に単一の素子を使う場合に比べてセンサ電圧が小さくなり,また,アクチュエータ定数も2枚で異なるといった問題も内包しており,2枚をセンサ/アクチュエータとして用いる場合とのトレードオフの検討の余地を残している.
3.1.2 ソフトウェア的アプローチ
ここまで述べたブリッジバランスの確立法はいわば材料力学的な発想に基づくものであり,紹介した論文においては,そのハードウェア的なアプローチの性格上,ブリッジバランスの崩れに対する制御性能の調査は行ってはいるものの,その結果を回路設計の指針とするにとどまり,その対処法にまでは言及されていない.
一方,
Andersonらは先に紹介した論文において,ブリッジバランスが崩れた場合のコントローラの違いによる制振性能の相対的な比較を速度フィードバック,ポジティブ位置フィードバックおよびLQGの3種類のコントローラについて行っている.これによれば片持ちはりの制振に頻繁に利用される速度フィードバックはブリッジバランスに最も敏感であり,一方これに鈍感なLQGは通常起こり得るバランスのずれに十分対応できることを示している.このことは,コントローラの設計次第で制御性能や安定性にロバスト性を持たせられること,すなわち,回路の構成要素の厳密なハードウェア・チューニングは制御則の適切な選択に置き換えることができ,なおかつバランスの崩れを予め考慮に入れた制御系設計も可能であることを示唆するものである.そこで大嶋ら
13)は,ブリッジバランスの崩れを制御の観点から捉え直して,ロバスト制御のコントローラ設計手法を導入することによりこの問題の解決を試みた.ここでは,圧電素子のキャパシタンスの不確かさだけでなく,制御性能の劣化の要因となり得る種々の不確かさ,すなわち,片持ちはりをモデル化する際の振動モードの次数打ち切りによるモデル化誤差,物理パラメータや構造化されない不確かさ,あるいはノイズの影響によ
って生じる伝達特性の不確かさをも考慮に入れ,ロバスト性能を保証するμ設計法によりコントローラを設計している.
その結果,通常のブリッジ回路で起こり得るパラメータ変動の存在下においても,パラメータ変動がない場合と同等の,かつ速度フィードバックよりも減衰特性に優れた制振制御を実現し,SSAによる共配置制御の有効性を確認するとともに,SSAの実現に対する制御工学的なアプローチの優位性を示唆している.
3.2 センサ電圧の正確な抽出
準静的な位置制御では,センサ電圧が駆動電圧に対して相対的に小さくなるため,上述のようなキャパシタンスの不確かさを許容した制御系設計は極めて困難となる.そこで瀧上ら
14)は,キャパシタンスの不確かさの影響を極力排除してセンサ電圧を正確に求めるという観点から,ブリッジ回路の参照キャパシタ側をソフトウェア上で構成する仮想ブリッジ回路を提案している.これは,ブリッジ回路における電圧
v2が(8)式からわかるように制御者が与える制御電圧vcのみによって決定されることに着目して,第5図に示すように参照キャパシタ側を省略して,ソフトウェア上でvcにゲインK2の推定値をかけることにより
これにより,第3図に示す従来のブリッジ回路における参照キャパシタ
C1の煩雑なハードウェア・チューニングが,計算機内でのゲインの調整に簡略化される.なお,ゲインの調整は事前のパラメータ同定による.また,仮想ブリッジ回路では制御電流は圧電素子にしか流れないため,通常のブリッジ回路の分流による低インピーダンス化がなく,ドライバにとっては負荷が軽減されるというメリットもある.
3.3 ヒステリシス特性の補償
江ら
15)は,ヒステリシス補償にSSAの手法を巧妙に応用する方法を提案している.すなわち,逆圧電効果(センサ特性)がヒステリシスを持たないことに着目して,ブリッジ回路を用いて圧電素子の変形に比例する発生電圧を検出し,これを駆動電圧信号にフィードバックすることにより,入力電圧に比例した素子の変位を達成するセルフセンシング駆動回路を提案し,ヒステリシス特性の改善に成功している.
また河合ら
16)は,素子の変位が素子に蓄積される電荷に比例することに着目した電荷制御の手法を制御の枠組みから捉え直して,ソフトウェア的に電荷制御を実現することでヒステリシスを補償する手法を提案している.すなわち,素子の変位に比例する電荷を,素子に直列に接続した補助キャパシタの両端子電圧を測定することにより電圧の形で取り出し,これを単にフィードバックするだけでなく,素子の等価キャパシタンスやドリフトの原因となる漏れ電荷のオンライン推定と組合せた.これにより,江らの手法では補償できない変位のドリフト特性を効果的に低減し,圧電素子のトータルな非線型特性の克服に成功している.
以上に紹介した種々のアプローチにより,SSAを実現する際に障壁となる問題点の個別的な解決の方策はほぼ確立されつつある.次章では話題を変えて,これまでのSSAの応用例や今後の展開に焦点を当てて,注目すべきいくつかの論文を紹介してみる.
4.SSAの応用例
先に紹介した
Andersonらの論文は,SSAのかなり初期段階の研究ではあるが,その時点で既にSSAの適用例として,システム同定,複雑構造物への応用,センサ/アクチュエータシステムの統合,圧電素子の非線形特性の改善など,数々の非常に示唆に富んだ方向性を示している.本章では,彼らが予見したSSAコンセプトを含めて,これまでのSSA応用研究でどのようなアプローチがなされてきたかをサーチするとともに,筆者が考える今後の応用展開についても若干触れてみる.
4.1 複雑構造物への適用
制御の対象となる構造が単純な1次元でなく,板や殻あるいはトラスなど複雑な構造物の場合,一般に曲げやねじりが複合した複雑な振動モードをもつ.
Andersonら8)は,大型トラス構造物に対して,トラスを構成する支柱の一部を圧電体に置き換え,これをSSAとして機能させ,いくつかの振動モードを抑制するアイデアを提示している.また
Leoら17)は,ソーラーアレイのような複雑で柔軟なフレーム構造を対象として,これが電磁モータによって旋回運動をする際に構造に発生する曲げやねじりの振動の抑制を,SSAと電磁モータの協調により試みている.そして,電磁モータ/タコジェネレータ・ポテンショメータ系では制御できないねじり振動モードに対して,フレームに組込まれた2本の圧電体支柱がSSAとして用いられることにより,このような振動モードが効果的に制御できることを示している.
上述のような複雑構造の振動制御には,共配置制御の有効性が特に顕著になるものと考えられ,SSAが有効なツールとなる.また,複雑構造の制御はSSAシステムのMIMO化も含めて今後の展開が期待される応用分野である.
また,大型構造物の制御という観点からは,積層型圧電アクチュエータが他のアクチュエータに比べて大きな力を発揮できる性質に着目して,これを圧電素子が従来より対象としてきた柔軟構造物ではなく,建築物など堅牢な大型重量剛構造物の制振に適用しようとする研究
18),19)が近年散見される.これは圧電素子のより現実的な応用として大いに期待が持てるが,これをSSAとして利用することにより,共配置制御の特長を活かした高性能・低コストな防振制御システムを構築するといった展開も期待されるところである.4.2 センサ/アクチュエータ系のSSA化
圧電アクチュエータを有する現存のシステムにセンサ
としての機能を付け加えることは,SSAの応用を考えるにあたってはごく自然な発想であり,単機能での使用実績からその有効性も非常に期待できる.
Yellinら20)は,Active Constrained LayerのSSA化を検討している.Active Constrained Layerとは,粘弾性層を構造と圧電体の拘束層でサンドウィッチしたものであり,構造に発生する振動エネルギを粘弾性層の繰返しせん断変形と圧電アクチュエータのフィードバック制御によるアクティブ・ダンピングの両者で消費することにより効果的な振動抑制を図るハイブリッド・ダンピングの一手法である.
アクティブ・コンポーネントである圧電体拘束層はダンピングを調整する機能を持つが,センサの配置により安定性が大きく変動するため,彼らは
Euler-Bernoulli beamを対象として,拘束層の圧電体をSSAとして利用することにより安定化を図っている.この例に見られるように,センサ/アクチュエータ系でコロケーションが問題となるような場合には,そのSSA化は最も簡便な解決策を提供してくれる.また,
Tzouら21)は,連続体の振動をモード別に独立して制御する空間分布モードセンシング/アクチュエーション22),23)をSSAに統合することを試みている.さらに
Koら24)や三谷ら25)は騒音源として振動する円板に圧電素子を貼付して,これをSSAとして機能させることにより,薄板の騒音伝達の能動制御を実現している.4.3 SSAのモジュール化
SSAのスマート構造としての性格を突き詰めると,構造そのものが外部のコントローラなしで単独で自律することに行きつく.そのプロトタイプとして
Doschら26)はProgrammable Structureなるものを提案している.これは構造にSSAとして用いる圧電体だけでなく,その制御に必要なフィードバック制御回路(ソフトウェア)やブリッジ回路(電子部品)およびドライバアンプまでをも集積したモジュールを埋め込むことによって,構造物単独でアクティブ制御を行うデバイスである.このようなアクティブ・コンポーネントは,制御パラメータを再プログラムすることによりダンピングの度合いが調整できるため,パッシブ・ダンピングに比較して動作条件の変化に柔軟に対応できる機能を持つ.これはSSAの特長を強調した形態であり,スマート構造としてのSSAが進むべき方向を示唆している.
4.4 力制御への拡張
バイモルフ型圧電素子は微細力を制御するソフトハンドリング・グリッパ
27)を構成するのに適しているが,先端に力センサを取り付けるのは実用上好ましくない.そこで瀧上ら28)は,ソフトハンドリング・グリッパにSSAを応用して,独立な力センサを必要としない接触力検出法を提案し,それに基づく把握力制御を試みている.グリッパとして用いるはりには,第6図に示すように制御電圧
vcによる一様な分布曲げモーメントMと把握対象物からのはり先端への反力Foが作用する.準静的な把持の場合,はり先端のたわみ角y'(L)は両者の効果を重ねあわせて
となる.この式の
Mに(5)式を,y'(L)に(3)式をそれぞれ代入し,さらに
を得る.
この式は把握力
Foがセンサ電圧vsおよび入手可能な圧電素子の両端子電圧圧
vaからフィードフォワード的に負荷のない場合のひずみが求められ,それをセンサ電圧vsから得られる実際のひずみと比較することによって,把握力が計算できるものと解釈できる.また,この検出法において特筆すべき点は,式から明らかなように把握力
Foの算出が把握対象物のダイナミクスに依存しないことである.その結果,目標把握力への追従試験においては,異なる剛性をもつ対象物のいずれに対しても,単純なPIDコントローラにより良好な追従結果が得られることが確認されている.このようなSSAによる接触力検出は,SSAの小型・軽量・センサレスといった省スペース性に着目した微細作業への適用に極めて有効なバックグラウンドを与え,今後の展開として細胞操作などを意識した医療用マイクログリッパ等への応用も期待されるところである.
5.おわりに
SSAは元来スマート材料・構造物の研究を背景にして,材料科学分野の研究者から提唱された概念であるためか,従来の研究では基本的な動作原理や適用法に主な関心が払われてきており,制御工学の立場からシステムとしての安定性や性能を言及した報告は多くない.
3章で述べたSSA実現の問題点に対しても,当初は材料科学の知識に基づいたハードウェアによるアプローチが主だったが,次第にこれらを制御工学の観点から捉え直し,ソフトウェアを工夫することによって解決を目指す試みがなされ,現時点ではこのようなアプローチによる効果的な手法が提案されてきている.
これに対して4章で述べた適用法の多くは,依然として制御工学的な発想に基づく検討が十分になされているとは言えず.実用という点では検討の余地が残されている.
したがって,SSAをより実用的なデバイスに到達させるためには,問題点の解決において得られた基礎的・個別的な研究成果を統合し,圧電素子のSSAとしての普遍的な適用法を確立することが望まれる.このような,より高性能なSSAの実現を目指す過程において,我々制御工学に携わる者がその知見を十分に発揮できる局面があるものと考えられる.
SSAの応用にあたっては,その要である圧電素子自体がアクチュエータもしくはセンサして既に様々な分野で利用されており,単機能として個別に培われたノウハウの蓄積は,その機能を統合するSSAの手法が確立された後に,様々な制御システムにおいて即戦力として利用できることを約束するものである.