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大学周辺の名所・史跡の案内

   (参考:南区役所発行 南区史跡散策路より)



東海の自然 歩け歩け大会の大同工業大学一帯がコースになる

(98年3月)

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■大江川緑地

(大同町駅より北へ徒歩5分)


 ジョギング・ウォーキングに最適なコース。春夏秋冬、樹木の生き生きとし た様子を眺めることは、気分転換のための散歩道としても最適です。
 大江川は、かつて水がきれいであったころで、この地域の人々の遊び場であ った。また、運河状で船の航行や船溜場として重要な役割をはたしていました。 しかしその後、工場や家庭の排水が流れ込み汚れた川に変ってしまいました。
 そこで、昭和54年に約1.8Kmを埋立て緑地として整備され、池や流れ、芝生 広場や子どもの遊び場が、散歩道や自転車道で結ばれている緑地に変わりました 。

         

大江川緑地の概要



全体面積 11.5ha
植栽地及び芝生地 9.4ha 園路・池 1.6ha
自由広場・児童園 0.5ha

 大江川緑地は緩衝緑地として整備されたものです。したがって緑でおおわれ る区域は全体の約80%をしめています。

ここに植えられている樹木はつぎのとおりです
上中木 12,400本
下 木 63,000本
地 被 こうらい芝・クロ−バ− その他

大江川緑地の春夏秋冬





◆大江川緑地の沿革

(碑文より)
 今から約三百年前、江戸時代初期にはこの地帯は葦の繁茂する沼沢であった と伝えられている。以来、長年にわたる新田の干拓、さらに明治末期から始った 、名古屋港周辺の埋立事業によって、大江川としての原型が形成された。

  昭和三十四年九月二十六日の伊勢湾台風は、大江川の堤防を破壊し、その ために多数の尊い人命を失った。その後大江川は時代の流れとともにその利用価 値が減少し、さらに水質悪化によって河川環境が著しく破壊されるに至った。こ のため、名古屋市は災害および公害の防止を目的とし緩衝緑地の機能を有する。
大江川環境整備事業を実施し六年の歳月を経て、ここに水と緑の憩いの場を完 成した。
昭和54年3月 名古屋市


■ 大江川湊跡

(大同町駅より北東へ徒歩15分)
「三ッ又」ともいわれ、寛文年間(1670頃)は「万場の渡し」の応援や、津 島祭りの車船として20艘の船が出ていたことが、『尾張徇行記』に記されてい る。近郷の年貢米を藩の倉へ送ったり、鳴海の酒荷も運搬されている。また、三 重県の多度方面との往来も伝えられており、にぎやかな湊であったと思われる。


■ せせらぎ水路

(大同町駅より南へ100m)
 
大同工業大学 滝春校舎の南に通っている大同排水路は、むかし新田の排水路 で丹後江と呼んだ。昭和58年この排水路の改修整備が行われた。知多街道の東 側850mの区間と西側へ大同工業大学滝春校舎までの区間は、水深10〜20cm位にな るように水道水を循環させ、その中に飛び石を置き、 ところどころ堰も設け、 せせらぎとして生まれかわった。この水路が丹後通と交わるところには「せせら ぎ水路」の石碑がある。



■ 愛と力の筏像

(大同高等学校正門庭園内)
  昭和34年9月26日の伊勢湾台風のとき、大同高等学校本館は二千余名の 人々で泥海の避難場所となった。同校生徒は多くの人びとと一丸となって、手作 りの筏で人命救助、物資の輸送、清掃、復興などに活躍した。この像は、純真な 生徒の愛と力の姿を永く伝えてその行いを顕彰し、後進の励みとするシンボルで ある。また、この像の筏の位置は、当時の高潮水位である。



■ 阿千輪兼吉之碑

 (大同町駅より北へ徒歩3分:神明神社内)

海苔養殖創業者の記念碑
 名古屋周辺及び知多半島の海苔の養殖は、明治40年笠寺村阿千輪兼吉が創 業、その後南区のりっぱな産業の一つとなり、「あゆち海苔」「愛知海苔」とし て有名になった。現在、大江新田開拓時(1804年)の創建といわれる神明社 の境内に、「笠寺漁業組合第一代理事長阿千輪兼吉之碑」が建っている。


■ 神松地蔵堂

(南区神松町2丁目)

   《かって池であった所が埋め立てられて造られた水袋公園》  
神松地蔵菩薩は現在、神松町2丁目の道路ぎわに祀られ、地元の人々に慕われ て年2回の供養が行われている。江戸時代の水袋新田絵図・大江通南西角に「水 袋新田鎮守社加霊松神社・星宮神主神事」の文字の下に、一本の大松と祠が描か れている。この祠の中に神松地蔵菩薩が安置されており、昭和18年の大江川改修 工事で現在地へ移されたということである。


■ くつ塚 

 (南区浜田町3丁目)
                昭和34年9月26日の伊勢湾台風は区内で1 1,417人の多数の死者を山す大水 害であった。夜半になると風雨が激しくなり中割・浜田・元塩町近隣の住民が近くにある南光中学へ避難するとき、折り悪く大江川の堤防が決壊した。十数日後に水が引くと、このあたりのアシの根元や田んぼに多くの くつなどが流れついていた。それがここに集められて花や線香が手向けられ、「くつ塚」と呼ばれるようになった。翌 年「伊勢湾台風殉難者慰霊之碑」が建てられた。



東海の自然  歩け歩け大会



   中日新聞,名古屋鉄道の主催で毎年行われている「東海の自然 歩け歩 け大会」の新コースに大同工業大学が入った 新しい名鉄ハイキングコースが作 られた。 これを記念して,98年3月7日(土)には「新コース記念大会」が 開かれました。 お出かけに便利でお得な名鉄ハイキング切符が名鉄の主要駅・ 名鉄旅行で売り出されています。(往復1割引です。)



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