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  • #13:スマートフォンをいじってないで、街へ出よう。さまざまな実体験が都市計画やまちづくりの未来を照らす。

情熱主義

#13

スマートフォンをいじってないで、街へ出よう。さまざまな実体験が都市計画やまちづくりの未来を照らす。 工学部 建築学科 土木・環境専攻 樋口 恵一 スマートフォンをいじってないで、街へ出よう。さまざまな実体験が都市計画やまちづくりの未来を照らす。 工学部 建築学科 土木・環境専攻 樋口 恵一

樋口恵一先生は、坂道が多いことで知られる長崎で生まれ育った。初めて東京を訪れたとき、大きなビルや整備された交通網、そして何より街を行き交う人の多さに圧倒された。長崎は斜面に家や道路が張り付いているといってもいいほど、人々は坂と共に暮らしている。眺めがよいなど誇れる点もあるが、車が立ち入れない場所が多いことなど、実際の暮らしには不便なことが多い。人々にとってどのような街が暮らしやすいのか考えてみたいと思ったのが、都市交通やまちづくりに興味を持つ始まりだった。

街や道路で起こる現象を自分の目で見て感じることが探求心の原点。

選んだ大学は、日本でも数少ない「交通」を専門とする学科のある大学だった。建築や土木へ進もうかと迷ったこともあったが、道路や人、車の動きなどに関心があったので、「交通」に特化した学科で学びたいと考えたのだ。

樋口先生

多くの人が、「交通って、実際は何を勉強するの?」と感じるはずだ。実は樋口先生もその1人だった。3年生の夏休み、学年全員で「交通調査合宿」に参加した。車の流れを把握するために、参加した120人の学生が街を取り囲むように立ち、通過する車のナンバープレートを読み取り、どの車がどこを通ったのかを調査する。GPS(人工衛星を利用した位置情報計測システム)などが発達した今日からすれば、ずいぶん原始的な手法による調査だが、樋口先生にとって人や車の動きなどを自分の目で見て、数値を集めて動きを俯瞰することは、「交通」のおもしろさを知り、探求心がかき立てられた。

ちなみにこのナンバープレート調査は、幹線道路が渋滞していると、抜け道として生活道路を走る車の量が増加する、その実態を探るために行われている。愛知県は16年連続で交通事故死者数全国ワースト1位である。車の登録台数が多いことも原因の一つだが、渋滞を避けるために交通量の少ない生活道路に侵入した車が事故を起こすケースも後を絶たない。生活道路の交通量調査は事故防止に欠かせない調査であり、今も続けられている。

恩師の言葉「地域に役立つことがゴール」を胸に。

大学の研究室では、「公共交通」をテーマにした。高齢者や子ども、障害者にとって欠かせない交通サービスをどのように確保するかについて研究した。このときの研究テーマは、今も樋口先生が手がけている「福祉のまちづくり」という研究テーマにつながっている。まちづくりは技術革新を背景に時代と共に変化していくものであるが、自動車の自動運転やIoT技術が先行して社会に普及することにより、先生はそこに高齢者や障害者が取り残されていく危険性を感じている。新しい技術は大歓迎だ。使い方によってはより便利に暮らせる世の中になる。だが、どんな技術も、誰もがそのメリットを同じように享受できるわけではない。健常者にとって、人が介在しないサービスは「革新的でおもしろい」「煩わしくなくてよい」ことかもしれないが、高齢者や障害者にとっては、「事故が起こったらどうしよう」「誰かがいないと不安」なことかもしれない。大切なのは、高齢者や子ども、障害者などさまざまな人々の目線で安全・安心に暮らせるかどうかだ。まちづくりにとって、技術は利便性ありきではなく、公共の安全と安心のために用いるべきであると考えている。

研究室にいた頃、恩師が投げかけてくれた言葉は、今でも先生が都市交通やまちづくりを考えるうえで貴重な指針となっている。

樋口先生

「我々の研究は、地域の役に立つことがゴール。パソコンに向かって頭だけで考えるのではなく、自分の手と足を使って地域のためになる研究をしなさい」。

その恩師の元には、さまざまな自治体や企業から相談が持ち込まれていた。そうした相談に対して自らの知識で的確に対応し、また市町村の会議で議事を進行して意見を取りまとめていく見事な手腕を見て、恩師のようになりたいという気持ちを抱いた。

大学院修了後は、都市交通を研究する研究機関に所属した。学んだ「交通」の知識を生かして、やりたいことはできたものの、「もっと幅広く地域のためになることがしたい」「学んだことをより多くの人に伝えたい」という気持ちが高まり、大学の教員に転身する決意をした。あの、憧れの恩師の背中を追うように。

あえて学生たちに手間をかける、それが教員の使命。

大学の教育のあり方として、「手取り足取り学生に教えること」の是非については、今もなお議論の的になることがある。しかし、先生はあえて言う。
「もちろん自主性を高めることは大切ですが、手間をかけてでも学生たちの研究に対する興味を喚起してあげることも私たちの大切な使命だと思っています」。

そのために先生が心がけていることは3つある。1つ目は、学生一人ひとりの個性を見極めて、それぞれに十分なコミュニケーションの時間を取ること。元気な学生にはどんどん突っ走ってもらう。慎重な学生には、「それでいいんだ」と自信を持たせて一歩ずつ着実に前へ進めるようにフォローする。

2つ目は、学生にできるだけ外部の人々との接点を持たせること。そうすることでこれまで見えなかった新たな視点を発見することもあるし、よい刺激を受け研究に関する意識が向上することもある。大切なのは、一歩踏み出すこと。一歩踏み出し、その結果うまくいったときには、学生にとって自信につながる。たとえ小さなことでも、その小さな自信の積み重ねが後々、研究に対する取り組み姿勢の大きな違いとなって現れる。

3つ目は、社会人としての作法を早くから身に付けてもらうこと。学生には「時間を守る」「約束を守る」など当たり前のことを常日頃から意識してほしい。資料提出の期限を守るには、そのために資料作成の計画を立て、時間をどう管理するかを考える必要がある。土木や都市計画においては、多くの人々が参加してプロジェクトは動く。1人でできる仕事はない。だからお互いの「信頼関係」と「コミュニケーション」が必要となる。あいさつやお礼など、基本的な礼儀が重要なのは言うまでもない。時間管理と、多くの人を巻き込み、円滑に物事を進めるためのコミュニケーションは、都市計画やまちづくりのプロジェクトに関わる者にとって身に付けておきたい必須条件だ。だからこそ、学生のうちから、当たり前のことを疎かにする学生には時には厳しく指導している。

全ての人にやさしい街を求めて。

樋口先生

「交通」に限らず、土木や都市計画の学びは、自分の目で見る、経験する、感じることが最も大切だ、と先生は言う。この学問を学ぶうえで大切なことは、スマートフォンを使って調べものをする時間を削って、街に出ること。自分の五感をフルに働かせて、都市や人、車の動きを肌で感じてほしい。インターネットは人の暮らしを飛躍的に便利にした。もはや欠かすことはできない道具と言える。でもやはりリアルとは違う。現場の雰囲気、周辺の環境、そこに住む人の話は、実際にその場に行かないと得られない情報だ。

道路建設にしても、時間帯により交通量に変化はあるし、自転車なのか、自動車なのかなど移動手段によっても、正解は異なる。一度道路を造ったからといって、全てが達成されるわけではない。正解だと思って造られた道路でさえ、時の経過によって求められるものも変わってくるだろう。さまざまな経験を積み重ね、その街に住む人の意見を聞き、車椅子に乗る障害者がどのような思いで街と悪戦苦闘しているのかを聞く。それだけでも、自分が構想し、つくりあげていく未来の街のイメージが大きく広がる。

そこを出発点としない限り、全ての人にやさしい街は、できないはずだ。

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